【半剛接構造】の誕生『菊地邸』

【半剛接構造】の誕生『菊地邸』

前回の「フォーミュラーハウスⅢ」と「MAISON FORMULA 1984」として発表した『山本邸』の間にあるであろう「フォーミュラーハウスⅡ」の実体が気になっていたところ、

『住宅建築』1986年1月号の

特集:木構造の可能性を探る/対談:近代化のなかの木造建築をめぐって―――内田祥哉+杉山英男

『集成材の可能性』の中で、「今日、一緒に見に行った黒川哲郎さんのものは柱梁構造で、集成材でできていて、柱は一軒の家で6本しかない。それで3階建てでこういうものを木造でやれるようになると随分今までとは感じが違ってくるね」と、取り上げていただき、工事中の『菊地邸』の写真とアクソメが掲載されていました。そのキャプションが「フォーミュラーハウスⅡ」となっていました。

『新建築』1986年6月号に発表された『菊地邸』の解説文「空間・骨組み・被膜」の中で、

「『山本邸』の外部は大壁であった上、内部は真壁だが塗装したため、わかりにくかったようで、『菊地邸』は外部も真壁である。『山本邸』の皮膜の完結性は消え、屋根の印象が強くなって、日本建築らしさを漂わせている。‥‥

屋根も壁も『山本邸』同様のガルバリウムを、波板として使い、さらに耐水プラスターボード、デュポンのシージングペーパー、形状記憶合金ダンパーとの併用で、熱や湿度に対して自律的な皮膜をつくることを通じて、スタイルとしてではない日本建築を志向しているつもりだ。同様に、今、木造建築は、伝統や自然への回帰ということよりも、木を通じて日本の住宅や建築を再構築していこうということだと思っている」と日本建築の近代化の試みを宣言しています。

「RC造では、東西面での壁の集約化、南北面でのラーメン構造による開放性は共通している。他方、一般的に木造は、XY2方向の構面のバランスが原則であり前提である。それは、構造としての合理性を満足させるものだが、計画・表現上の制約ともなり得る。木造では2面開放としなければ壁や筋交いが表現上の不純物として残ってしまうところから、その可能性を「大断面軸組み造」に求め、集成材を利用した。‥‥日本独自の『集成材による大断面軸組み造』を考えようと思い立った。‥‥

ランバーなどと同様に規格化された通直材を用いた工法をはじめから考えておかねば、コストダウンを計り難い。そのうえ、建築では、特殊解から一般解より、一般解から特殊解への発展が高い。

『山本邸』をフォーミュラ―ハウスと名つけたのは、そうした一般解への姿勢を示したつもりだ。『山本邸』では、スケルトンモノコックというバスの構造に似た骨組みと被膜の連携、合せ梁、それに短臍と引きつけボルトのジョイントによって、2面開放の箱つくりは一応解答を求めることができた。『菊地邸』では、さらに構法の展開を求めて合せ梁を段梁とした。これはスキップによる空間構成を『山本邸』のバリエションとして求めたことと合致したに過ぎない。しかし構造設計の濱宇津正氏は、基本的に柱と梁だけでもつ構造形式を考え始めていて、われわれはそれを【半剛接構造】と名付けた。ともあれ、これによって壁は構造用合板を使った強固な構面づくりから半ば解放されたことになる。‥‥

砺波地方の枠の内構法は、まさに4面開放の箱作りの技術であり、日本、とりわけ民家における大断面軸組が発展する上で求められたものと私が求めてきた構法とは、形は違うもの方向性は共通している。‥‥金物と集成材を利用することで、木構造が計算にのるものとなり、その合理性を計画的に求めていくことが可能となったことの利点は大きい。何よりもデザインの可能性をプランニングの上でも、表現の上でもさらに広がることは間違いないであろう」

と結んでいる。

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